『時計じかけのオレンジ』キューブリックの怪作【感想】

アマゾンプライムビデオで『時計じかけのオレンジ』を見ました。

スタンリー・キューブリックの作品は『2001年宇宙の旅』、『シャイニング』を見たことがあるのですが、正直好みではないかなという感じです。

ただ、映画好きの間では名前が上がる作品の一つだと思うので、『時計じかけのオレンジ』を視聴しました。
それでは感想の方に移りたいと思います。

暴力的なシーンの連続

この映画、105分ほどのものなのですが、最初の45分が暴力シーンに充てられています。
犯罪を犯すことで快楽を得る、集団「ドルーグ」。キューブリックは集団の暴力を芸術に昇華させています。

どのシーンも消して品の良い行いではないのですが、クラシックを用いて上品な味わいに。
毎度ながら、キューブリックの映像には感服させられます。

精神的につらいシーンですが、なんとなく楽しみを得られるような試みがなされていますね。

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アレックスのルドヴィコ療法

殺人を犯して、14年の収監を受けるアレックス。
刑期を減らすために、牧師に取り入り、内務大臣にルドヴィコ療法の志願をします。

ルドヴィコ療法というのがすごい。投薬によって、気分を悪くした状態で暴力映像を見せることによって、暴力のことを考えると吐き気がするようになるというものです。
たまたまBGMにベートーヴェンが使われていたことから、ベートーヴェンを聴いたときも吐き気に襲われてしまいます。

暴力映像を、見せる際に眼球を開いたままにするのですが、そのときの映像がグロテスクでかなり印象に残りました。
固定するクリップで網膜に傷がついたとか、そういう逸話も残ってます。
吐き気を患うシーンもともなって、冒頭の暴力シーンよりきつかったです。

この方法は根本的な治療ではなく、衝動が起きた時の対処の方法なんですよね。
そういうわけで結局、家族とホームレス、元「ドルーグ」の警官、作家にアレックスは拒まれてしまいます。

しかも政治に不満を持ち、アレックスの被害者であった作家は、アレックスにベートーヴェンを聴かせ、自殺未遂させてしまいます。

病院で目覚めると、元の暴力性が戻るも内務大臣と裏の取引をして、ルドヴィコ療法が成功したように見せることを約束します。
バックグラウンドではベートーヴェンが流れ、元に戻ったことが示唆されて物語は終了。

この映画が伝えたかったこと

中盤で暴力を封じられたアレックス。しかし最終的にアレックスはまた元通りに。
この変貌から伝えたかったことは、表面上の更生方法は意味がないということだったのではないでしょうか。

現代でいう表面上の更生手段と言えば、暴力や大声で怒鳴り散らす教育でしょうか。
いまでこそ、表面上の恐怖を使っての教育はするなという方針に変わっていますが、この映画は1971年制作。
恐怖で人を動かす時代でした。そのことの無意味さに気づいていたのでしょうね。

アレックスの変貌も表面上の矯正も、そのことを知らしめるための方法だと思います。
わかりにくいのですが、実は冒頭の45分の暴力シーンもそういうたぐいのものなのではないかと思います。
というのもやっていることといえば、視聴者に対する逆ルドヴィコ療法なんですよね。

暴力シーンを流すも、クラシックで楽しく芸術的な雰囲気を作る。
しかし暴力に対する嫌悪感は存在し、肯定はされない。そういうことを思って欲しかったのかもしれません。

実際には模倣犯罪を起こし、イギリスでは1999年まで放映禁止になったそうですがね。

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最後に

キューブリックのものは難解で苦手だったのですが、今作はわかりやすさとエンターテインメント性が強くそこそこ楽しめました。

よって100点中70点とさせてもらいます。

やっぱり芸術的な雰囲づくりはうまいですね。キューブリック。