『地球の長い午後』植物に支配された地球【感想】

『地球の長い午後』 伊藤典夫氏訳のものを読んだ。
文庫版である。このような古い名作SF小説、全部電子書籍化して欲しい。

伊藤典夫氏の訳は読みやすくく、しかも小説として良質なものばかりである。

さて、前書きはおいといて、この小説の感想を書くとする。
まず、本作で驚かされるのは圧倒的想像力。地球が植物で覆われることとなるのだが、その植物の描写や習性の表現には感嘆する。

人間として生まれたからには体験できないほどのミクロな自然をうまく文章に落とし込んでいるのだ。
もちろんそれだけでも、凄まじいのだがグレイをめぐる物語として成立させていることたるや著者の作家としての力量が垣間見える。

神秘的な植物の世界から、月での進化、アミガサダケの獲得、孤島での生活、そして日の当たらない大地。
どのパートでも豊富なアイデアが張り巡らされており、読者を飽きさせない。

特におもしろいのがラストの日の当たらない大地での数々の出来事である。
植物による生命の躍動感を描いていた本作であるが、この大地に入ると緑は消え失せてしまうのだ。

植物の代わりに多数の種族が入り乱れて、それぞれの思考が交差するさまは味わい深い。
そして、最後の最後リリヨーたち知性の種族とグレンたち人間は二手に分かれることとなる。

この決別は何だろうか?人間は短期的な物事しか考えられないとでも言いたいのだろうか?
私個人としては、人間である以上自分で選択しろというメッセージが込められているのだと思う。

グレンはアミガサダケに支配され続けた生き物である。
結果としての正しさはアミガサダケにあるが、その過程を受け入れることがグレンにはなかった。

運んだり運ばれたり、そういうものではなく自分自身でありたい。
そういった思いがグレンが地球にとどまる動機になったのだろう。
我々もAIが発達したら、こういう思いをさせらることになるのかもしれない。

さて、書きたいことも尽きてきたので締めに入らせていただきたい。
本作はとにかく、想像力に優れた作品だった。類をみないようなSF体験をできたことに心から感謝する。

ブライアン・ウィルソン・オールディス氏の他の作品もいずれ読んでみたい。

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